日本には約333万人の公務員が存在し,その内訳は国家公務員は約58万人,地方公務員は約274万人です。日本の就業者数が約6,700万人なので,単純計算で約20人に1人が公務員ということになりますね。
そんな公務員がどのように給与が決められていると思いますか?首相や首長が独断で決めているわけではありませんし,民間のように売上げや市場原理で決定されるわけでもありません。
公務員の給与決定に大きく影響するのが,今回のテーマである「人事院勧告」です。
人事院勧告は,名前こそ聞いたことがあるかもしれませんが,公務員の世界では,人事課職員や労働組合の関係者以外には,あまり馴染みがないワードかもしれません。
しかし,公務員の給与を決める重要な仕組みである人事院勧告を知っておいて損はありませんので,今回は人事院勧告を解説したいと思います。
そもそも人事院勧告とは?
公務員でもわからない人が多いので、簡単に人事院勧告について説明すると、民間企業と違って、労働基本権が制約されている代替措置としてあるのが、人事院勧告というわけです。
そんな人事院勧告は,国家公務員法22条を根拠に行われます。
(人事行政改善の勧告)
第二二条 人事院は、人事行政改善に関し、関係大臣その他の機関の長に勧告することができる。
2 前項の場合においては、人事院は、その旨を内閣に報告しなければならない。
内容としては毎年1回,8月頃に国家公務員と民間サラリーマンの4月分の月給と1年間のボーナスを比較し,給与水準を適正化とするように,人事院が内閣及び国会に「勧告」します。だから,人事院勧告と呼ばれるわけですね。
人事院勧告の対象となるのが,国家公務員一般職の約27万人ですので,地方公務員には「直接的には」関係ありません。
ちなみに,人事院勧告というと,給与だけの話と勘違いしている人もいますが,実際は,給与以外にいくつかの勧告の種類に分かれており,最も注目を集めるのが,人事院勧告の一つである「給与勧告」というわけなんですね。
しかし,一般的に「勧告」というのは,法的拘束力は無いものとされているので,別に守らなくてもええやんか,と思うかもしれませんがそうではありません。
というのも,この人事院勧告というものは,公務員の労働基本権と密接に関係しているからなんです。
労働基本権が代償措置として人事院勧告
そもそもですが,国家公務員はストライキといった争議行動が制限されているため,給与や勤務条件を一般の民間企業と同じように労使交渉を通して決めることができませんよね。つまり,労働基本権が公務員は制約されているわけです。
しかし,争議行動や労使交渉が制約されていたら,賃金交渉なんてできるわけないので,雇用条件や賃金を向上させることは難しいです。
そこで,労働基本権が制約されている代替として、公務員の給与や待遇を改善させる手段として,人事院勧告が存在しているわけです。人事院がしっかり勧告する事で,民間の賃金が上がっていれば,同じように上げるように勧告してくれるし,逆に民間給与が下がっていれば,それに応じて公務員給与も下げるわけです。
ゆえに,人事院勧告は国家公務員の給与水準の適正化を実現する上で,非常に重要なわけです。
人事院勧告の流れ
じゃあ,どのように給与が決まるかというと,以下のとおりです。
まず人事院が給与改定に当たって,民間サラリーマンの給与調査を行います。調査対象となる民間会社は,企業規模が50人以上かつ事業所規模50人以上の事業所です。
その事業所を基に,単純に平均値を比較するのではなく,業務の種類,年齢,学歴など同じようなグループで公務員と民間サラリーマンの4月分の月給と1年間のボーナスを比較してするラスパイレス算式で官民格差を算出します。
この調査結果で明らかになった官民格差において,仮に民間より公務員が高ければ,公務員の給与を下げますし,逆に現在のようにアベノミクスの効果で民間給与が高ければ,公務員の給与は上げるように内閣と国会に人事院が勧告するわけですね。
その勧告に基づき,内閣が,公務員の給与の取扱いを閣議決定し,その決定を受けて,総務省の人事・恩給局が国家公務員の給与法の改正案を国会に提出し,国会で可決,成立すれば,実際に給与改定されるわけです。
後述しますが,平成30年の人事院勧告は5年連続でプラスとなっており,給与と一時金(ボーナス)もプラスとなりますので,年末ごろに4月1日から遡及して反映されます。
今年は3万1千円増えるわけですから,まさに棚からぼた餅と言う感じで嬉しいですね。
地方公務員に人事院勧告は関係ないの?
ここまで読んできて,人事院勧告って国家公務員の一般職行政職だけの話でしょ?と思うかもしれませんが,実際は地方公務員の給与勧告にも影響を与えます。
確かに,別に国の人事院勧告に必ずしも拘束されるわけではありませんが。大半の地方自治体は国の給与勧告を受けて,人事院の給与勧告を踏襲し,地方公務員の給与が地方議会の可決・成立されて,給与改定されているんですね。
なお,関係法令は地方公務員法24条の3です。
(給与、勤務時間その他の勤務条件の根本基準)
第二四条
3 職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。
都道府県や政令指定都市は,「人事委員会」が「人事委員会勧告」を行い,これを受けて給与改定方針を決定し,議会に給与条例の改正案を提出します。
一方,人事委員会が無い一般市町村は,勧告は抜きに,首長が給与改定方針を決定し,議会に給与条例の改正案を提出します。
ただ,自治体によっては給与制度について独自の取り決めを組合側と取り決めている場合もありますので,若干異なる点はご注意下さい。
最近の人事院勧告は5年連続でプラス改善!
平成に入ってからというもの,不況の煽りを受けて,右肩下がりだった公務員給与ですが,ここ数年の平成26年から公務員給与は右肩上がりです。
年度 | 勧告率 | 年間支給月数 | 増減額 |
平成26年 | +0.27% | 4.1ヶ月 | +7.9万円 |
平成27年 | +0.36% | 4.2ヶ月 | +5.9万円 |
平成28年 | +0.17% | 4.3ヶ月 | +5.1万円 |
平成29年 | +0.15% | 4.4ヶ月 | +5.1万円 |
平成30年 | +0.16% | 4.45ヶ月 | +3.1万円 |
平成26年からというもの,合計で27.1万円の増額となりました。背景にはもちろん,アベノミクスによる景気回復,株価上昇があることは間違いありませんね。
また実質賃金自体は,日本全体では最近増加傾向であり,民間給与についても,国税庁の民間給与実態統計調査においてもリーマンショック前を同じ水準に回復しています。
少し心配点としては,伸び率が若干鈍化傾向にあるということです。
一方,労働組合サイド(自治労)は,ボーナス(一時金)の引き上げが,勤勉手当を対象にしたことは不満にしつつも,引き上げ自体は一定評価をしているようです。
また,労働組合サイド(自治労連)とすれば,公務員給与の上昇は,組合の粘り強い闘争の成果だとしています。
今後の人事院勧告のリスク要因について
今後もアベノミクスの成果により賃金上昇が続けば,個人消費も伸びて,もっと景気が良くなり,民間準拠が基本の人事院勧告もプラスに働いてくれると思うのですが,来年の平成31年(2019年)には,消費税を10パーセントに増税すると安倍総理は宣言していますので,消費が落ち込むことは間違いないです。
その分,個人消費の落ち込みを穴埋めするぐらい輸出が伸びてくれたら良いのですが,トランプ政権に関税を上げられて輸出が停滞したら・・・と思うと不安になります。
また,給与勧告の伸び率も鈍化しているので,いつまで賃上げが続くか不透明です。
それに今回の人事院勧告によって,財務省は国と地方で公務員の人件費が1,150億円(国で360億円増,地方で790億円増)に増額となる試算を公表しました。
公務員給与が増えていくことは嬉しいことですが,一方で国と地方の財政状況は余裕が無いわけですから,人事院の給与引き上げが結果として財政の首を絞めることにならなければよいのですが。
平成30年人事院勧告の目玉「定年延長」問題
今回の人事院から給与勧告と同時に,定年延長に関する意見の申出もありました。
現在も,60歳で定年を迎えても再任用職員として雇用されていますが,人事院の説明ではそれでは,能力を十分に活かしきれていないし,まだまだ働いてほしいということで定年延長を申し出ています。
この定年延長の内容としては,現在の定年である60歳をを段階的に65歳までに延長して,60歳を超える職員には給与の7割の額とする事が示されています。
定年が延びる分,退職手当が削減されたり,年金支給年齢が延長,若しくは削減という可能性も多いに考えられます。
また,60歳を超える場合は,短時間勤務を可能にする制度設計も検討されていることから,働き方,職制,職務内容については,今後も注視する必要がありますね。
平成30年1月21日追記
結局、国家公務員の定年延長法案は提出を見送られてしまいました・・。選挙事情を配慮した政府と与党内の方針のようです。
公務員なら人事院勧告は要チェック
人事院勧告の速報については,自治労といった労働組合が組合ニュースなどで広報しているので,それらに目を通していればよいでしょう。
また,給与だけでなく,定年延長や会計年度任用職員の議論など,公務員の働き方も大きく変わりつつあります。人事院勧告は,公務員の人生設計に大きく影響するものですので,これからも目を離せません。
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