日本は災害の多い国であることから、防災対策に行政が主体となった対策が必要であり、行政の行う防災対策のひとつは、台風などの広域災害時に避難所としても機能する防災拠点の整備です。
そんな防災拠点で全国的に注目を集めているのが、神栖市の「かみす防災アリーナ」です。
防災拠点のはずの「かみず防災アリーナ」が台風発生時に、防災拠点として機能しなかった事件が発生しました。
では、なぜ170億円もの巨額公費を投入して整備した防災アリーナが、防災拠点として機能しなかったのでしょうか?
かみす防災アリーナとは?実態はスポーツ施設?
かみす防災アリーナとは、災害時の避難所や救援・救護スペースといった地域防災拠点だけでなく、平時はスポーツ等健康づくりの施設という二つの側面があります。
神栖中央公園防災アリーナ(仮称)整備運営事業
施設の概要
構造:鉄骨造,2階建て
建築面積:13,891平方メートル
延べ床面積:20,017平方メートル
高さ:15.95メートル(天井高12.5メートル)
コンセプト
かみす防災アリーナは、地域の防災拠点と位置づけ、災害時の避難所機能および屋内に求められる救援・救護スペース等の機能確保を目的に防災機能を持つ多目的施設として整備しました。また、平常時には安全・安心な環境の中で、スポーツ等を通じた市民の健康づくりに寄与し、各種イベントの開催により多くの人が集い、市の中心部にふさわしい賑わいを創出します。
施設整備費
契約金額12,108,023,581円
整備費の約40%を設計・建設期間に支払います。残りは,運営・維持管理期間の15年間で分割して支払います。
運営・維持管理費
契約金額5,046,229,800円
整備後の施設の運営・維持管理にかかる費用は,15年間の各年で支払います。
整備と運営・維持管理費には約170億円が投入されており、まさに神栖市役所の巨大プロジェクトであったことがうかがえます。
170億円もかけたこともあるので、メインアリーナだけでなく、プール、音楽ホール、温浴施設、トレーニングルームなど、非常に豪華な施設だなぁという印象です。
平時には市民の健康増進、文化活動の拠点として機能し、災害時には防災拠点として機能するというものでしたが、あくまでも、メイン機能は災害時の防災拠点です。
しかし、本来発揮されるべき防災拠点として機能しなかった事件が発生しました。
よって、防災拠点というのはタテマエで、実態は単なるスポーツ娯楽施設といった方がよいのかもしれません。
かみす防災アリーナが防災拠点としての機能しなかった理由
防災拠点であるはずのかみす防災アリーナですが、令和元年9月5日に発生した台風15号が神栖市を襲ったとき、避難所として開放されませんでした。
「防災拠点なのに、なぜ?」
そんな戸惑いが神栖市民に広がりました。
そこで、かみす防災アリーナが解放されなかった理由を考えました。
【理由1】防災拠点なのに脆弱な建物
台風で破損、神栖の防災アリーナ 肝心な時に使えず 市民から疑問の声
アリーナは台風の影響で、サブアリーナの天井近くある二重の窓ガラスの外側一カ所が割れたほか、軒下の防水シートが風でめくれ上がり、雨や風が入り込む被害があった。
それにより、もともと休館日だった九日のほか、十日を臨時休館にした。市は「アリーナから約八百メートル離れた大野原を開放した方が、停電があった地区の住民にとって近くて避難しやすい」と説明。
だが、市民からは「なぜアリーナを開放しなかったのか」と問い合わせが寄せられたという。
防災拠点であるはずが、台風の被害により雨風が入り込むという事案が発生しました。
そもそもかみす防災アリーナは、防災拠点という強固な作りではなく、外観はガラス張りであり、デザイン性が重視された外観となっています。
全体的にガラス張りなので、確かにデザイン的には洗練されていますが、突風で飛ばされた飛散物が当たったら、窓ガラスが割れるリスクが高くなります・・・
【理由2】運営は直営ではなく、民間企業に外部委託
茨城・台風直撃なのに170億円投入の防災アリーナが役立たず 市民から怒りの声「まずは開けてくれないと…」
市の対応が後手に回っているのは、施設の運営が民間に任されていることが一因になっているとの指摘もある。
アリーナは、民間企業が運営を担う「PFI方式」を採用している。その費用は総事業費の中に含まれ、15年間で約50億円。
毎年、3億3千万円以上の税金が投入されている。こういったことから、「災害の時に機能しないのに、東京の企業に多額の金を払う価値があるのか」「そもそも防災の仕事を民間企業に委託することがおかしい」といった声も相次いでいる。
防災対策は、行政が行うべき重要な業務だと思うのですが、神栖市の場合は、防災拠点の運営を民間企業である「神栖防災アリーナPFI株式会社」に委託しています。
この神栖防災アリーナPFI株式会社は、大手ゼネコンの清水建設を代表として、東京アスレティッククラブと三菱電機ビルテクノサービスといった企業から構成されています。
茨城県神栖市/中央公園防災アリーナPFI/17年5月着工、整備・運営は清水建設
SPCには、代表の清水建設のほか、構成員として東京アスレティッククラブと三菱電機ビルテクノサービスが参画。このほか協力会社として梓設計と太平建設、コンベンションリンケージが事業に携わる。
私も防災部門に所属していたのですが、市民の生命を守る重要業務である防災機能についても、民営化していたのは驚きました。
では、民間に委託する契約手法である「PFI方式」とは何でしょうか?
PFI方式とは?問題点は?
PFI方式とは、プライベイト・ファイナンス・イニシアティブの略称であり、公共施設等の設計や建設、維持管理及び運営に対して、民間活力(民間資金とノウハウ)を活用し、公共サービスの提供を民間主導で行うというものです。
PFI方式を活用することで、行政期間は、効率的かつ効果的な公共サービスの提供ができる(らしい)ということになっています。
PFI方式が広がった背景
PFI方式が広がった背景には、悪化する財政状況から。効率的に行政サービスを運営していこうとする小さな政府路線がありました。
具体的には、1980年代のイギリス(当時はマーガレット・サッチャー首相)から始まりました。
その後、イギリスと同じく財政状況に苦しむ日本でも、1999年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」が制定され、徐々に地方自治体もPFI方式を取り入れるようになりました。
PFI方式の問題点
PFI方式の問題点として現れてくる場合が、本来行政が主体的にやるべき業務までPFI方式が及んだ場合です。
実際、今回のかみす防災アリーナが防災拠点として機能しなかった背景には、防災対応という機動的かつ柔軟な対応が求められる事案に対して、硬直的なサービスしか想定していなかったことがあります。
また、PFI方式は長期にわたって、サービスの提供が行政機関から離れてしまうため、その間のアドバンテージを受託企業に握られやすくなります。
民間ノウハウを活用するため、行政期間にノウハウが蓄積されないという弊害があるわけですね。
【まとめ】防災対策は行政の直営が基本では?
私自身は、防災部門に所属していた経験もあるので、私の立場でいうと、防災対策は行政が最低限の責任を持って行うべき業務だと考えています。
もちろん、災害発生時も民間企業と連携して行えるような契約、仕様書を整備すれば良いという意見もあるかもしれませんが、そもそも、災害発生時に役所内だけでなく、外部の民間企業に対してマネジメントができるか疑問です。
やはり、防災対応は行政が中心となって行うべきですし、防災拠点、避難所運営についても、民間企業ではなく、行政直営が好ましいと思います。
財政議論ばかりが先行して、本来の行政の役割である市民の安全と生命を守るという機能が後退していると思う今日この頃ですが、この神栖市の事例を他山の石とせずに、教訓として生かされていくべきでしょう。
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